古典アニーリングマシンは、古典コンピュータや半導体CMOS集積回路上でシミュレーテッドアニーリングを実行し、組合せ最適化問題の近似解を求めるハードウェアである。シミュレーテッドアニーリングは、熱揺らぎを利用して組合せ最適化問題の近似解を求める古典物理学の原理に基づく発見法的手法である。発見的手法とは、必ず最適解を導けるわけではないが、ある程度のレベルで近似解を得ることができる方法である。代表的な古典アニーリングマシンとしては、CMOSアニーリングマシン(日立製作所)やデジタルアニーラー(富士通)などがある。また、ベクトル型コンピュータ、GPGPU、FPGA上でシュミュレーテッドアニーリングを実行する古典アニーリングマシンも日本電気やELECOM等で開発されている。一方、古典非線形動力学の原理に基づいた「シミュレーテッド分岐マシン」と古典アメーバ計算の原理に基づいた「アメーバコンピュータ」がそれぞれ東芝とアメーバエナジーから商用化されている。このように、国内企業が様々な古典アニーリングマシンの開発を進めている。また、光ネットワーク、スピントロニクス、シリコンフォトニクス技術を用いた古典アニーリングマシンの開発も国内外で進められている。
量子アニーリングマシンは、量子アニーリングの原理を利用したコンピューターである。量子アニーリングとは、量子揺らぎを利用して組合せ最適化問題の近似解を求める発見法的手法である。現段階で、古典コンピュータ上の最適化アルゴリズム及び古典アニーリングに対する量子アニーリングの優位性は理論的に証明されていない。そのため今後、優位性の有無や優位性を示しうる組合せ最適化問題のクラスを明らかにする必要がある。一方、量子アニーリングマシンは近未来に社会実装しうる量子技術として大きな注目を集めている。超伝導量子回路を用いた超伝導量子アニーリングマシンは、カナダのベンチャー企業D-Wave Systemsによって2011年に世界で初めて商用化された。
現在、欧米や日本を中心にさまざまな量子アニーリングマシンハードウェアが開発されている。代表的なものはD-Wave Systemsが販売している超伝導量子アニーリングマシンである。現在、D-Wave LEAPやAWS Amazon Braketなどの量子クラウドサービスを利用して同社の超伝導量子アニーリングマシンにアクセスすることが可能である。D-Wave Systemsは2023〜2024年に7000量子ビット級超伝導量子アニーリングマシンの出荷を予定している。しかし、実ビジネスに潜む大規模な組合せ最適化問題を処理するためには、集積度や量子コヒーレンス性能が著しく低いという問題がある。そのため、現在世界規模で、量子アニーリングマシンの大規模化と高コヒーレンス化に向けた大型国家プロジェクトが進められている。代表的なプロジェクトは、本NEDOプロジェクト「量子計算及びイジング計算システムの統合型研究開発」、米DARPA「Reversible quantum machine learning and simulation」、欧HORIZON2020「Annealing-based variational quantum processors」である。また、MIT、Northrop Grumman, Qilimanjaro、日本電気、産業技術総合研究所が超伝導量子アニーリングマシンハードウェアの開発を進めている。
D-Wave Systemsが販売している超伝導量子アニーリングマシンには、集積度とコヒーレンス性能が低いという実用上極めて深刻な課題が指摘されている。そのため、今後量子アニーリングマシンの集積度とコヒーレンス性能を大幅に改善することが重要な課題となる。さらに、冷凍機内で量子ビット集積回路を低消費電力で制御するためのクライオ集積回路の実現も必須となる。また、エンドユーザーが様々なイジングマシンを容易に操作可能とする「共通ソフトウェア基盤」の構築も極めて重要な課題となる。加えて、内閣府が2021年に策定した量子技術イノベーション戦略で謳われているように、Society5.0において要求される量子化学計算、機械学習、金融、線形システム解析、セキュリティなどの様々なタスクの高効率処理のためには、量子アニーリングマシンを誤り耐性汎用量子コンピュータへ進化させる必要もある
イジングマシンは、組合せ最適化問題を近似的に解くことに特化したコンピュータであり、アニーリングマシンとも呼ばれる。多くの組合せ最適化問題は、磁性体の数理模型であるイジング模型(Ising model)の基底状態探索問題に変換することが出来る。イジングマシンは、この探索問題の近似解を求めるコンピュータである。イジングマシンには古典アニーリングマシン及び量子アニーリングマシンの2種類がある。